第65話
『ものの尊さ』
ある時、王が町に出掛(か)けますと、一人の男が寄付を募(つの)っていました。
王は財布から十円だけ出して、その男に寄付しました。
男は「善(よ)きかな!」と叫び、王は直ちに臣下へ命じて彼を捕らえさせ、厳(きび)しい口調でこう糾問(きゅうもん)しました。
「お前は私が寄付したお金が僅少(きんしょう)であったから皮肉ったのだろう?」
王の訊問(じんもん)に男は言いました。
「王さま、私を許すと仰(おお)せくださればわけを申し上げます」
王は暫(しば)し考えたが、男の正直そうな様子を見て言った。
「全てを許すから隠さずに申してみよ」
「私の友が旅をしたのですが、山で盗人に捕らえられたのですが、固くその手を握ってどうしても開けませんでした。盗人はきっと沢山(たくさん)のお金を握っているのに相違ないと思い、『その手を開けろ』と怒鳴って弓矢で脅(おど)かしましたが、友はどうしても言うことを聞きません。
やむなく矢を放って盗人は射殺してしまったのですけれど、その手を開いて見れば、驚いたことに命の代償は僅(わず)か一円でした。一円で命が失われるのですから、十円とは感嘆すべき大金です」。
ものの尊さはそれを持っている人の気持ちに大きく左右されるのかも知れません。
真宗大谷派 唯徳寺