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住職からのお話

第61話

『水面の影』

 その昔、あるところに一人の男がいました。
 ある時、この男は大きな池の岸辺にたたずみ、じっと水面を見ていました。

 やがて鏡のような水面に映る自分の影を見て恐れおののき、両手を挙げて叫びました。
「助けてくれ!」
 このただならぬ叫び声を聞き付け、周囲にいた多くの人々が池の側に駆け付けました。
「どうしたのだ。何だってそのように叫ぶのだ」
 すると、かの男は身を震わせながら答えました。
「皆さん、今、私は池の中に落ちて死のうとしています!」
 これを聞いて人々は驚きました。
「何を言っているのだ。君は池に落ちていないではないか。現にこうして岸に立ち、地に足を付けているではないか」

 しかし、男はそんな人々の言葉も耳に入らぬかのように言うのでした。
「貴方たちは馬鹿だ。私ばかりかみんなが池の中に落ちているというのに!」
 彼は水面に映った人々の影を見て叫びました。

 愚かな男の笑い話ですが、地に足の付いた現実よりも、鏡のような水面に虚像を信じることは、実際、少なくないかも知れません。

真宗大谷派 唯徳寺

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