第57話
『鬼の住む谷』
その昔、お釈迦さまのお弟子さんに如何(いか)にも強そうな人がいました。
このお弟子さんはそれを自慢(じまん)にしていました。
そこで、お釈迦さまは一策(いっさく)を案(あん)じ、ある時、このお弟子さんに命じられました。
「そなたは大変に強い男であると聞いているが、鬼が住むというあの谷でも瞑想(めいそう)できるか?」
「はい、たとえ相手が鬼であっても怖れるものではありません」
こうしてお弟子さんは鬼が住むという谷に出掛けていきました。
しかし、そこは淋(さび)しいところで、物音一つしないほど静かでした。
それでも、お弟子さんは樹(き)の下で瞑想を始めましたが、一・二時間ほど経ちますと、淋しさで息が詰(つ)まりそうになりました。
特に話し相手のいない孤独さが心を締(し)め付(つ)け、瞑想どころではなくなってきました。。
遂には逃げ帰ろうとしたところ、お釈迦さまがお見えになりました。
「鬼が怖ろしくなったのかね?」
「いえいえ、淋しさや孤独さに耐えられなくなっただけです」
「それがこの谷に住む鬼なのだよ」
真宗大谷派 唯徳寺