第53話
『甘い味のする水』
その昔、一人の老婆が甘い酒を一杯に満たした瓶(かめ)を背負って歩いていました。
老婆は道々の木の実を取っては食べ、そのおいしさに舌鼓(したつづみ)を打ちました。
しかし、暫(しばら)くして非常な喉(のど)の渇(かわ)きを覚えました。
そこで、近くの井戸のあるところに行き、そこの細君(さいくん)に頼んで一杯の水を恵んでもらいました。
ですが、さっき食べたばかりの木の実の味が口の中に残っていたため、その水も蜜のように甘く感じられたのでした。
老婆は感激して水と酒とを替えたいと言いました。
細君は老婆の言葉を聞いて驚きましたが、これほどうまい話はないと思い、瓶一杯の酒と水とを交換しました。
老婆は重い水瓶を背負い、喜び勇んで家に帰りました。
そして、親族知己(しんぞくちき)をことごとく呼び集め、その水を振る舞いました。
しかしながら、誰も甘いとは言わず、老婆もなめてみましたが、確かにただの水でした。
家に帰った時は、もう老婆の口の中にも木の実の味は残っていませんでした。
世の中には一時の欲や錯覚に囚われ、こうした大損をすることも多いのではないでしょうか。
真宗大谷派 唯徳寺