第5話
『甘い蜜』
昔、一人の旅人が野原を歩いていますと、後ろから狂った象が彼を踏み潰さんと追い掛けてきました。
身を隠すところを探すため、周りを見回してみましたら、木の根が垂れている涸れ井戸を見付けました。
旅人は木の根を伝い、涸れ井戸の中に身を隠し、象に踏み潰されないで済みました。
ところが、今度は黒い鼠と白い鼠が現れ、代わる代わる木の根を囓りました。
下を見れば涸れ井戸の底では龍が口を開け、蛇が旅人を待ち受けてていました。
このままでは木の根は切れ、龍と蛇に食べられてしまいます。旅人は恐怖に身を震わせました。
すると、木の根にあった蜂の巣から甘い蜜が旅人の口に落ちました。
蜜の甘さに心を奪われ、旅人はもっと味わいたく思い、今にも切れそうな木の根を揺すりました。
しかも、野原では野火が広がり、木の根を焼こうとしていました。
象は不幸、涸れ井戸は人生、木の根は命、黒い鼠と白い鼠は昼と夜、龍は死、蛇は危険、蜂は欲望、蜜は快楽、火は老いと病の喩えです。
真宗大谷派 唯徳寺