第29話
『王さまと靴直(くつなお)しのお年寄り』
その昔、あるところにいた王さまは暇(ひま)を得たので、粗末(そまつ)な服を着て裏門から城を出ますと、靴直しのお年寄りに会い、戯(たわむ)れに質問してみました。
「世の中で最も楽なのは誰だろう?」
「言うまでもなく王さまですよ」
そこで、彼は持っていたお酒をお年寄りに勧(すす)めました。今まで飲んだことのない美味しいお酒にお年寄りは酔い、そのまま眠ってしまいました。
王さまは靴直しをお城に運び、お妃や臣下に言いました。
「このお年寄りは世の中で王さまが最も楽だというから、国を治めさせてみようと思う」
酔いから醒めたお年寄りは、自分が王の服を着ており、周りに言われるまま王座に坐らされました。
そこで彼は休む間もなく国を治めさせられました。体は疲れと痛みに耐えかね、食事も喉(のど)を通りませんでした。
お妃に注がれたお酒だけは何とか飲めたので、お年寄りは再び酔って眠りました。
お年寄りは王さまの服を脱がせられ、元の家に帰されました。
数日の後、王さまがお年寄りを訪ねました。
「爺さん、その後はどうだね?」
「いや、先日は王さまになった夢を見ましたが、国の治めるのは大変で、すっかり参ってしまいました」
他人には良く見えてもその人なりの苦労があり、人は見掛けだけで理解できません。
真宗大谷派 唯徳寺