第26話
『老いたお金持ち』
その昔、お釈迦さまが舎衛国(しゃえいこく)におられた時のことですが、その城内には年が八十にもなろうかという老いたる一人のお金持ちがいました。
彼は事業に成功して数知れないほどの財宝を持つようになったのですが、老いてもなお仕事に熱心でした。
さて、その彼が、ある時、やりがいのある大きな事業に取り組むこととなりました。
その最中にお釈迦さまが托鉢で老人の家をお訪ねになられたのですが、老人は忙しいのを理由にお釈迦さまと会いませんでした。
お釈迦さまの評判は老人も聞いており、気になってもいましたが、今の仕事に片が付いてからでも良いだろうと思っていたのです。
ところが、お釈迦さまが去られて間もなく、忙しそうに町中を移動していた老人は、工事中の家から吊り上げた棟が落ちたのに気付かず、それが頭を打って倒れました。
彼は自分が突然の死を迎えるとは夢にも思っておらず、生き死にについて考えることを後回しにしていたのを嘆き悲しみながら亡くなってしまいました。
明治時代の真宗大谷派の僧侶である清沢満之(きよざわまんし)師は「人事を尽くして天命を待つ」ではなく「天命に安んじて人事を尽くす」とおっしゃりましたが、安心(あんじん)があってこそ人は真に人事を尽くせるのかも知れません。
真宗大谷派 唯徳寺