第11話
『端午の節句とは』
端午の節句とは5月5日のことで、「端」は「始まり」を意味し、「午」は十二支の5番目です。今の日本では年の記述に利用される十二支は、昔は暦にも用いられ、そこでは5番目の月(午の月)は5月でしたが、5番目の日(午の日)は必ずしも5日であるとは限りませんでした。それゆえ、最初は毎月の午の日が端午の節句とされました。
しかし、やがて5月5日が端午の節句とされるようになりました。昔の暦である旧暦では6月から夏が始まるので、中国では夏季の疾病を予防するため、端午の節句に菖蒲(しようぶ)を門に掛けました。日本では「菖蒲」と「尚武」の読みが同じだったので、男の子が健康に成長するよう五月人形を飾りました。
五月人形の鎧兜には男の子の健康を守るという意味合いが込められています。他にも鯉が滝を登って龍になるという中国の故事に因み、鯉のぼりを立てて男の子の成長を祈りました。ちまきは中国でも食べますが、柏餅の方は日本独自の風習で、柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないので、子供がいなくなって家族のいなくなることがないようにとの願いが込められています。
昔は今ほど医療が発達しておらず、子供は幼い内に亡くなることが少なくありませんでした。また、大抵、幼少の頃は男の子より女の子の方が体は丈夫です。そのため、端午の節句に男の子の健康な成長を願ったのでしょう。
仏教の諺でも「七歳までは仏の子」と言いました。幼い子供は仏様のいらっしゃるお浄土にいつ旅立っても不思議ではなかったからです。仏教は死を避けようとするのではなく、それを通して命とは何かを考えました。
真宗大谷派 唯徳寺