第109話
『一本の白髪』
昔、ヴィデーハ国をマカーデーヴァという王が治めていました。
ある日、マカーデーヴァ王が散髪をしていました。
「王さま、頭に一本の白髪が」
理髪師が王にそう告げました。
「すまないが、白髪を抜いてわしの掌(てのひら)に置いてくれ」
王がそう言いますと、理髪師は王の頭から白髪を引き抜き、それを王に渡しました。
白髪を手にしますと、王は急に恐怖に襲われました。
まるで直ぐそばに死神が立っているような気がしたのです。
全身から汗が流れ出て、衣服がぐっしょりと濡れていました。
(なんと愚かだったのか。一本の白髪にこんなにも恐れおののくとは)
王は自分が情けなくなりました。
人はどれだけ長く生きられてもいずれ老いて病んで死ぬ。
王もそのことは理屈としては分かっているつもりでしたが、我が身の問題として受け止めてはいませんでした。
しかし、白髪は他ならぬ我が身に老いが来ていることを教えてくれました。
王は以前にも増して聞法に励むようになりました。
真宗大谷派 唯徳寺
